2020年4月3日金曜日

【測量】てんご穴測量 第8回 カンムギプロジェクト セミファイナル(2020/3/20~22)

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活動内容:測量
日程:2020/3/20(金・祝)~22(日)
入洞洞窟:てんご穴
場所:岐阜県山県市
天候:20日曇、あとは晴れポカポカ陽気
参加者:
 20日 10時入洞 19時出洞:縣、近野(18時出洞)、鎌田、岡、中西
 21日 10時入洞 19時半出洞:近野(14時半出洞)、鎌田、岡、稲垣、中西
 22日 9時入洞 16時出洞:近野(13時出洞)、鎌田、岡、稲垣、久保

使用車両:縣セレブカー あゆみカー 岡カー 近野カー 中西カー 稲垣カー 
会計:水音宿泊 @1000円
グルメ:20日おかざのおでん、21日便乗BBQ
記録:近野
電波:  宝谷鉱山まで行くと通じないよ。手前の集落のとこでも微妙。
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てんご穴の測量は、DistoXとTopoDroidを使用して行っている。
これまでの作業分担は以下のとおり。
メインルートスケッチ: 近野
支洞スケッチ: 鎌田、岡
メインルート製図: 岡
支洞製図: 鎌田、近野
ポインター: 都度、ご参加のみなさま(あとで名前まとめます)

今回は、メインルートスケッチの近野が、途中離脱するため、オカザがメインルートのスケッチをすることになった。むはははは!

20日

8時 美山支所 集合
地主さんにカギを借りに行き、お話する。
今年はカメムシが大量発生している。ちょうどシーズン。
てんご穴測量を楽しみにしていてくれた、区長さんが2月に亡くなったと聞く。
とても残念。結果を見てもらえず、申し訳ない気持ちになる。
この間、縣さんは忘れものの修正ペンを買いに、コンビニへ。修正ペン=いつも忘れられるやつ。

9時 北山公民館前
道路挟んで向かいに、ユーコン河合さん管理の水音というゲストハウス(?)があり、今回はそこで宿泊予定なので、入洞前に荷物を置きに寄った。


水音


10時ごろ 入洞
おつかいの縣さんも追いついてきて、全員で入洞。
中西さんはなんと、この日がSRTデビュー!
前回参加時は、まだSRTテストを合格していなかったので、ラダーで入洞したのでした。
祝・デビュー!これからバリバリ竪穴も行ってねー☆

中西さんSRTデビューの様子

<20日の布陣>
近野・縣 メインルート測量
 滝のホール西側 支洞
鎌田・中西 ジプサム支洞

メインルートは、一番奥の上流方向を測量し、未測量の支洞を片付けるだけの見込みだった。
しかしそれは、古い測量図の精度を99%信じた上での計画だった。

入洞後、滝のホールまでは全員で向かい、ホールで軽い打ち合わせの後、それぞれの作業エリアへ向かう。メインルートの測量エリアは、ジプサム支洞の向こうにある。
私と縣さんは、ジプサム支洞へ行ったことがないので、有名なジプサムを拝見しようと、寄り道する。

ところが、ジプサム支洞のジプサムは、思っていたようなジプサムではなかった。
オリジナルの図面にジプサムと書き込まれている辺りで、それらしい白い鉱物は確認したけど、なんだか釈然としなかった。
翌日、稲垣さんと再度訪れたときに話をして、その違和感の原因が分かったのだけど、ここの白い鉱物は、アラゴナイトに見えるのだ。
しかし、私はこれを見た瞬間に、ジプサムとアラゴナイトを脳内ですり替えて認識していた。

<稲垣説>
ジプサムは硫酸カルシウムが主成分で、アラゴナイトは炭酸カルシウムが主成分だから、全然違うよ。
ここの支洞は硫酸を含む鉱物が多く陥入しているために、周囲と違う鉱物であるジプサムができるのかもね。ほら、こことか、岩の色が赤っぽいし、こっちは緑でしょう。
でもこの白い鉱物はジプサムよりアラゴナイトに見えるけど、報告書に載っているなら、成分分析したはずだから、間違いないだろうね。

◆勉強になりそうなリンク◆
炭酸塩アトラス

Encyclopedia of Caves 3rd Edition
さて、縣さんとしばらくジプサム支洞を見物してから、最奥へ向かう。
前回(第7回かんむぎプロジェクト)の終了地点から続きを測量する。

縣さんはせっかちだから、測量が進むだろうと推測して、メインルートに配置したが、期待に反してあまり効果がなく、進まなかった。二人とも、ルートがよくわかっていないので、効率よい方針が立てられず、ループが多いこの洞窟では、しばしば作業が停滞することになったのが敗因だろう。

近野は、夜20時に家に帰らねばいけなかったので、18時出洞をめざしており、17時には作業終了の予定だった。
15時半ごろ、ひとつ大きなループの接続を確認して測量を済ませ、この日のスタート地点に戻ったところで、いったん作業を中断し、残りのルートの確認をしに行った。

縣さんは、水流の奥を見に行き、私はメインルートの終点にあたる部分のシャフトを上へ上へと進んで行った。

シャフトは、上のほうで、1.5m(W) x 2m(H)くらいのキーホールパッセージとなり、延々と斜め上へつながっていた。どんどん進み、最後は落盤の隙間を抜けると、ポコンとデカい横穴の壁から這い出した。そこは、てんご穴のこれまでのルートで最大規模の横穴で、地面には大きな落盤がゴロゴロしている。
これは、何も考えずに歩き出すと、来た道が分からなくなるパターンだ。
私は、振り返って、自分が這い出した壁の穴の形状と周囲の様子を記憶した。

そのときは、この横穴が図面にない部分だと思わなかったので、たぶんどこかからメインルートに戻れるのだろうと考えて、コンパスを見ながら本洞へ戻れそうな方向(NEN)へ進んでみる。
しかし、ルートは行き止まりになって、先へ進めなかった。
多少は足跡があるので、誰か来ているのだろうと思い、反対方向にも行ってみるが、どうもパッとしない。

時間を見ると、16時15分くらいで、帰りに手間取ると時間オーバーする可能性があると思い、来た道を戻ることにした。
来た時に記憶しておいた壁の穴を見つけて、もう一度入った。
しかし、その向こうは落盤だらけで、どこの岩の隙間から出て来たのかがわからなくなった。
「うーん」と思って、少し汗がにじむ。

行けそうな隙間に、片っ端から体を突っ込んでみて、何度かのトライ&エラーの末、懐かしいキーホールパッセージに戻ることができた。

シャフトに戻ると、縣さんはそこでグーグー寝ていた。
縣さんが見に行ったほうの水流は、すぐに狭くなっていたので、岩を割ったりしてアタックしたけど、今日抜けるのは無理そうだと言って、濡れて寒そうだった。

すでに17時だったので、あとは明日に残して私は急いで撤収。
残りの人たちは、19時ごろに出洞。夜は、水音でおでんをつまみに疲れを癒したのであろう。


21日
8時 北山公民館前
朝、水音で活動内容の打ち合わせ後、宝谷鉱山の駐車場で車中泊している稲垣さんと合流し、入山ポイントへ。

春がきていた


近野はこの日、15時半に一宮付近に戻りたかったので、14時出洞をめざした。
全体の出洞は、19時予定。

<21日の布陣>
近野・岡・稲垣 メインルート測量
鎌田・中西 ジプサム支洞の向かいの支洞

近野は、途中で離脱するので、担当していたメインルートのスケッチをオカザに押し付ける。
BluetoothでTopoDroidのデータをコピーして渡した(Android同士なら可能)。
私は、計測担当と、帰るまでに稲垣さんにペーパーレス測量を仕込む役。

10時 入洞
稲垣さんが美山カルストの洞窟に来るのは久しぶりだ。前回、洞窟に来てから5年以上は経っているだろう。お年寄りなので体力的には限界があるかもしれないが、測量は稲垣さんの得意分野なので、即戦力として期待していた。

前日と同様に滝のホールまでは全員で一緒に移動すると思ったが、気づいたらオカザはどんどん先に行き、稲垣さんたちは後方でどんどん遅れていく。
アレ?と思って滝のホールで待っていると、鎌田さんが来た。
「稲垣さんが支洞に寄り道するので、連れ戻してきました」

ああ、そうか、稲垣さんは脱線が得意なのだ。

追いついてきた稲垣さんと一緒に、測量ポイントを目指して進むが、せっかくだからジプサム支洞を見ようよ、ということになり。
二人でサッとジプサムを見て、前述のアラゴナイト疑惑について話す。
久々に稲垣さんのマニアックな洞窟話が聞けて懐かしい。

さらに奥に進むと、オカザが一人で支洞を測量していた。
私がずっと放置していた盲腸のようなやつを片付けてくれたのだ。ありがたい。

その後、ようやく前日の測量ポイントにたどりつき、おかざ・稲垣・近野で測量開始。
まずは稲垣さんにDistoXの仕様を説明、周囲をうろうろして形状を確認し、簡単な測量計画を立て、測量を始める。

さすが稲垣さん、ペーパーレス測量は初めてながら、理解が早く、するどい質問を飛ばしてくる。

あーだこーだ言いながら、前日に測量したルートと並行して上流へ向かっているルートを測量した。
稲垣さんはしきりに「これが終わったらお昼ご飯にする」とか言うのだが、最近のJETはランチタイムなんか設けず、人の目を避けてササッと行動食を口に詰め込む以外は休憩もないのが普通という鬼畜チームなので、たぶん稲垣さんはお弁当を食べることはできなかったのではないか。

私は14時になった時点で、出洞開始。
仲良く測量を続ける稲垣さんとおかざを置いて、急いで帰って行った。
帰り、国道22号が思ってよりも混んでいて、予定の時間より20分遅れてしまった。
連休とはいえ、帰宅ラッシュよりも時間が早いし、コロナウィルスで外に行く人が少ないと見込んだが、あてが外れた。

22日
6時半 JR一宮駅
日大探検部の久保さんが深夜バスでやってきたので、迎えに行く。

8時 北山公民館前
水音に寄り、打ち合わせ。
稲垣さんはまだ寝ていた。

稲垣さんのノンビリモードに合わせていたら、おかざと鎌田はいつの間にかいなくなっていて、久保さんは無言で私の車の助手席にじっと座っていて、車に戻ったらめっちゃびっくりした。

1972年以降に生まれた人たちは、脳が無線でつながっていて、思考が共有されているので何も言わなくても通じ合っているのだ。
ギリギリ1972年生まれの私は、知らないうちに状況が変わっていて驚くことが多いのだが、慣れました。

9時すぎ 入洞
この日も近野は早めに出洞。前日、ちょっと遅かったので、12時半出洞にする。ほかの人は、16時出洞。



写真と文章は関係ありません


久保さんはまだSRTテストを合格していないので、てんご穴の入り口付近、2か所にある5メートルほどの竪穴部分にラダーを設置して登ってもらう。
鎌田、稲垣とあーだこーだ言いながらサポート。

前回、確保用のダイナミックロープを用意したが、今回はナシ。SRT用のフィックスロープがあるから不要と思った。トップからプーリーを使って確保して登らせるにはSRT用のフィックスロープは短かすぎるが、チェストかハンドアッセンダーをつけて少しずつ登ればいいだろうと思う。
アッセンダーの使い方に慣れていないと少し危ないかと思ったが、それくらいは練習としてやらせればいいか。

あと、2本あるラダーのワイヤーは、まとめてカラビナに通すと、ワイヤーの消耗が早いそうだ。一本ずつにカラビナをつけて、別のアンカーにフィックスする。多少長さが違っても、荷重は平均化されるので大丈夫とのこと。(by 稲垣)

〇     △



<22日の布陣>
岡・稲垣・近野 メインルート測量
鎌田・久保 滝のホールの下の空間

メインルート測量は前日の続き。
ループで、つなげていないところをつなげてから、シャフトの上へ行き、形状確認したところで私はタイムオーバー。
12時半出洞だと、ほとんど何もできないなぁ。

オリジナルの図面にないルートが、思ったより大きいようなので、あと1~2回で終了と思っていた測量だが、もう少しかかりそう。
個人的には、未探検のルートが見つかる可能性を感じて楽しみだ。

<To be continued>

2020年3月18日水曜日

【測量・探検・残置物の撤去】霧穴(2020.2.29)


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活動内容:探検、一部再測量、BC残置物の撤去、竪穴昇降技術の向上
日程:2020/2/29
入洞洞窟:霧穴
場所:三重県度会郡大紀町
天候:快晴
参加者:あゆみさん 近野さん 岡さん お母さん
使用車両:あゆみカー 近野カー 
会計:なし
グルメ:大量の土佐文旦お持ち帰りあり
記録:お母さん&近野さん
電波:  昔にくらべて洞口で入りやすくなったらしい
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小春日和。
植林地帯山中を歩くこの集団は、熊鈴を高らかに鳴り響かせているせいだろうか
どこか牧歌的な趣きである。

     ***

まだケイビングを始めて間もない、入隊前の頃。
洞窟探検家・吉田勝次氏の存在を知り、著書「洞窟ばか」を取り寄せた。
JETのホームグラウンドである「霧穴」について
渉外と出会い
未踏洞窟探検の興奮と奮闘
測量
ベースキャンプ地造り
洞内泊
などなど躍動的な活動の歴史が赤裸々に描かれていて、臨場感に引き込まれた。

早く先の展開が知りたくてワクワクしながら一気読みしたものだ。
今そのストーリーの延長線上を、自分も歩いているのだと考えると
…なんだか信じられない感じがする。

前日編

滋賀県に山狩り(=洞窟探し)にいくことになった。

先輩たちはGoogle earthで上空から見ていて「ここは何かあるんじゃないかと思うんですよね」って、アンテナにかかるらしい。

さぁ行きましょうか~ って段階で微妙に雪がちらつき始めた
気にしないことにしようと*自分にいい聞かせた。


*ここへ来る前、ガチ雪山の樹々の間を、副隊長がスキーで颯爽と滑って山狩りしてる動画を見てきてしまった、その所以である。


発起人の亜裕美さん「ここ藪深いんですよね~」って普通の世間話みたいにして、3mくらいある藪を漕いで入っていく。

南側、北側と手分けして見回り。
午後。某所で5つくらい人工洞を見つけた。


おぉぉ!!めっちゃあるやんか と意気揚々としていたら、
約束の帰着時刻を過ぎてしまって小走りで戻る。
帰りがけも、穴を見つけてしまってキリがない。
最終、怪しい水路を地図で見つけて、そこだけ通って確認しようと藪をかきわけた。
そうしたらば、そこは沼地帯。
膝まで静々沈み込み、亜裕美さんにテレフォンすべきかスマホ画面を見つめる。

最近、廃坑探検の活動が続き、人工洞の無機質な魅力に目覚めていた経緯あり。
何はともあれ充足感に包まれていたのであった。

さてこの人工洞、JET本部へ写真で報告。
地域に詳しいMASA先輩の見立てによると
「この近辺は、第二次世界大戦前は陸軍の弾薬庫他の施設があったりしたはずなので、その関係かもしれない」との事であった。

山狩り終了後。せっかくだからと関ヶ原鍾乳洞(観光洞)へ立ち寄った。
夜は車中泊で済ますつもりが、亜裕美さんのご厚意により一宿一飯のお世話になってしまった。
感謝しています。


初めての「霧穴」

沢山の小鳥たちが騒めきたっていた。
「もう。何をそんなにさわぐ事があるんだよ。うるさいなぁ。」と、近野さん。
ハーネス装着を済ませてのんびりと仰向けになっている。

その横で、岡さんが黙々とリギングを進め、次第に竪穴洞口から地中へと見えなくなっていった。

数十分ほどなくして。
1テラス待避所に、岡さんが到着したらしい旨が地上に届く。
2番手・近野さんが、霧穴初デビューの私に手順を説明しながら徐々に降りていく。

樹木に巻き付けられたスタート箇所のロープは、
岩にあたる所がこすれてダメージが及ばないようにPVC素材の70cm程の専用プロテクターに包まれる格好で設置されていた。

このマジックテープを少しずつべリベリと解除しつつ、ロープを裸にしながら下降器で通過する。
通り過ぎたロープ箇所を、再びプロテクターで包んでいって、元あった状態に戻す作業をしつつ下降していく。

穴の中へ6mほど下降すると、第1テラスにいる岡さんがみえてきた。

「ここは落石しやすいので気を付けて」

そう耳に入る最中、右足の下に拳サイズの石が浮いている。
壁にかけたこの足を除けるとマズい状況に。早速ピンチ到来か…!?

と言うのも、いまは近野さんが先頭にまわり、続きのリギング中。
つまりこの穴の先にいるはずなのだ。
なんとかこいつを投下させてしまわないように、ハンドパワーならぬフットパワー全霊で念じる。
(しばし静止)
…これ落とすくらいなら、今日はココに泊まりこみで押さえるわ…なんて、どちらにせよ迷惑なのですけれど。
冗談抜きでそう考えていたら、不思議と石がぴたりと収まった。

『~あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』(マタイ64
Amen!


そうこうして横奥行き2m弱に延びたテラスへ、行き着いた。
無事です。
順次、トラバース、下降、リビレイ通過・・50mほど?ボトム到着。
斜道になっている。
その奥で近野さんが待っててくれていた。
落石の危険のないこちらまで来るようにとのこと。

ここで「吉田さんが迷った‟勝迷支道“はこっち(上層部の穴)だよ。
グアノがいっぱいあるみたいだよ。」と教えていただいた。

岡&近野選手ペアは、我々とは別のルートを測量するという事で、ここからは別行動となる。                             

                               (記録:お母さん)
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測量隊(岡&近野)

霧穴はほとんど測量は完了しているが、後から探検して見つけた支洞など、やり残しがチラホラと出てくる。

今回の測量ポイントは、以前一度測量したけど、データを失くしてしまったベースキャンプ裏の滝の上の測量。
みなさま、何度も言いますが、測量データのバックアップは重要です。

実は、そもそもこの日は、石井さんの竪穴訓練に同行するだけで、ピクニック気分だった。
測量せなあかんのは知っていたけど、言わなければ誰も気づかぬだろうと、静かにしていたのだ。
しかし、天はそんな私のセコい考えにお気づきで、測量Gメンの手入れが入り、まんまと測量実施の運びとなりました。

入洞後は、測量Gメンと二人で、まっすぐに目的地のベースキャンプ裏へ移動。
霧穴は全体的に、石灰岩と非石灰岩の間に発達している洞窟で、地面がグズグズの黒い非石灰岩になっている場所がしばしば見られる。
この支洞の入り口になっている滝も、表面が特に脆い岩石の層で、登りきると石灰岩の層が出てくるのだが、その途中は、何回登っても表面がボロボロと崩れ落ちるのでヒヤヒヤする。この上を測量していない理由がよくわかる。
滝は10mほどの高さで、前回設置したロープを使って、SRTで登る。
残置ロープを登るのはいつも緊張するが、そんなに前の残置ではないので、まぁたぶん大丈夫。

支洞は2方向に分かれており、グズグズの滝を登ってすぐ右手は、天井の低い水流を15m?進むルート。滝を流れる水はここから出てくるので、行き先が気になるが、最後は天井が低くなっておしまい。水が出てくる場所は、ルートの終点とはまた別だったような。(記憶薄)
正面は、乾いたフローストーンでおおわれた段差5mを登り、トレンチ形状を25m進んだところで狭くなりおしまい。トレンチ形状が、崩落した岩や流れてきた砂礫で、ところどころ狭くなり、ルートを形成している。

一回は測量したので、今回は、そのときのポイントをなぞる形で進められる。
測量作業でポイントを決めるのも難しいので、すでにポイントがあると気が楽だ。

右ルートは濡れるので、先に乾燥した正面ルートを測量することにした。
前回測量したときは、なぜかすごくやる気がなくて、奥のほうは途中でウヤムヤにしてしまったので、今回はしつこく念入りにやった。
おかげで、正面ルートだけで時間切れとなり、右側のルートは次回に持ち越しとなった。

最近入隊した新人が多いので、また霧穴を再訪する機会はありそうだから、深追いせずに時間通りで終了。

しかし、最近、測量に追われて、ケイビングが楽しめない気がするが、測量もそれなりに楽しいし、でも、測量ばっかりだとデータが溜まって辛い。
週末に活動して、平日は仕事、活動がない週末も仕事となると、製図する時間(気力?)がなかなか作れない。
1カ月ほど、有給休暇をいただき、南の島で製図と報告書作成だけして暮らせばいいか。うち半月は、プライム動画でGOTマラソンをして潰れる見こみ。

                               (記録:近野さん)
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(以下記録:お母さん)

JET1ベースキャンプ

ここから先は、亜裕美さんと行動。
次第に頭上の岩が真っ直ぐ、水平天井になる。
この天井、普通にすごくないです? まるで人口の部屋みたいだと思った。

さらに進むと、巨大なブルーシートが吊るされているのが目に飛び込んできた。
アルミ大鍋や錆びたアウトドア用ガス缶、スコップなどの工具が転がっている。
本日の任務は、ここの撤収作業をするという。
なんだかちょっと寂しい。

天井に張られたロープにかかってるタオル達を片付けようと、少し引っ張っただけでティッシュの様に軽くに裂けた。

2人の荷物をバック1つ分にまとめ、空のバックを持ってきていたので
詰めれるだけの物は押し込んだ。
ブルーシートや、大鍋はかなりデカくて我々では今回運び出しは無理だった。
「先人たちはよくここまで運び込んだものだなぁ」と感心する。
ざばぁっ と滴下水をすてて端へ寄せておく。

備考:次回はガムテープ、縛る用の紐、最大容量のバックが必要。

ブルーシートの下からいくつものサンダルも出てきて、
帰りは背負いバック(通称ポルタージュ)が4つになった。

      ***

キャンプ地の端は2.5m程の崖になっていた。
お助けロープが設置され、降りてゆくと見上げるほど天井の高いホールへと出た。

地底奥深くへ傾斜し、広い空間が続いているのが眺められる。
奥底までは距離、高低差、水の流れもあり。
ここは個人的なお気に入り洞窟である宇山洞に似ている、と想いを馳せた。

通常なら天井に向かって縦に生成するはずの石筍たちが、
半分あたりから折れ曲がって、床に平行する形に伸び生成していた。
L字を右半回転させたような恰好。物理的に無理ですよね?)
一体どうしたら、こんなふうに出来るんだろうか。

ホールの一番下までくだり、右通路へ入る。(稲妻ルート?)
水だまりのある狭い通路が続き、
竪穴装備の入った重たいバックを押しつ引きつしながら進む。  
(ここキツめ。)

通り抜け、巻き尺ピット到着。
残置ロープが束ねておいてある。

「持ってきたロープが足りないかもしれないんです。
でも、さっきのタオルの劣化を見てたら、この残置ロープ使うのこわいですよね」

そして、まだロープが足りない方がマシですねという判断になる。
亜裕美さんがリギングに取りかかってくれる。

背後、蛇行した棚が奥へと続く天井高の低い空間に、ストローが沢山できていた。
奥まったところの生成物は、人も微風も触れないからか、ミルクアイスの様に真っ白。すてきだった。

結局、ロープは手持ちの分で足りたようでボトムまで降りることが出来た。

「最奥はもうすぐなんですが、時間切れですね。ゆっくり、急ぎましょう!」
そういう訳で、すぐ登り返しとなった。

      ***

バッグを12個担ぎ、斜道をおっちら登っていく。

途中、測量チームとバッタリ合流。
身動きすら取りにくい狭い通路内で、重量のあるバックを下の人から受け取り、上の人へと届くように持ち上げ、運びだす。
じわじわ進む。これが地味にきつい作業なのであった。
しかし連帯作業はチーム団結感が感じられて良いな と。そんなことを思った。

入り口竪部、最後のロープ登り返し。
順番 ①近野さん ②亜裕美さん ③自分 ④岡さん

皆の者が、ハーネスを装着し身支度を整える中。
壁にもたれ、リラックスした様子でポテチ袋を開封しだす岡さん。
本人「やる気みなぎってるよ」との主張、自然体のペースが笑いを誘う。

*1人につき昇り30分ほど要するので、ラストの人は長い待機を過ごすことになる。
今回の自分のように、初めての人がいると。余計に。

ロープを昇っていく。
外の世界が見えてきた。あぁ娑婆の空気が甘い。

近野さんがカメラを構えてくれていて、記念撮影をしてくれた。
翌日送られてきた写真は、瀕死寸前の微笑みであった。合掌。


「霧穴」との歩み

「霧穴って、狭くて疲れるんだよね」

日本で1番好きな洞窟は何処ですか? なんて尋ねてみる。

「霧穴かなぁ。わたしはここで、狭いところで荷物を運ぶこととか、測量もそうだし、いろんなことを身に付けてきた」

JETの大切な原点に触れ、感慨深さを味わった活動となったのでありました。




2020年3月8日日曜日

【探検、学習】小堀谷鍾乳洞、根堅鍾乳洞(2020/02/01)

活動内容:小堀谷鍾乳洞、根堅鍾乳洞、その他
場所:静岡県浜松市
日程:2月1日(日)
参加者:稲垣さん(洞窟仙人)、たたみんさん、マサさん、中西さん、ゆーかちゃん、おざわ
使用車両:稲垣カー・たたみんかー・中西カー・おざわカー
会計:なし
グルメ:浜松餃子
電波: 洞窟内でも電波アリだったような気がする。
注意点: 特になし


はじめまして、おざわと申します。
JETでの初めてのブログとなります。
あまり専門的なことは書けませんが
よろしくお願いします。

=========以下日記本編==========

JETの正式な入隊は覚えていないが、
1年、いや、半年も経っていない頃、

マサさんから

「中国の水墨画みたいな山に住んでいる風(ふう)の
 洞窟仙人と今度洞窟行くんだけど、
 良かったらおざわ君も来ない?」

とのお誘いがあった。

中国の水墨画みたいな山に住んでいる風(ふう)の洞窟仙人!?

こんな情報量の多いパンチある一文は久しぶりだ。
どこからツッコんでいいのか分からないくらいに
いろいろな情報が詰め込まれすぎている。

もちろん返事は

「YES」

いち探検家として、
いや...ひとりの人間として、
この洞窟仙人に会わないという選択肢を選ぶにはまだ若すぎる。

むしろこの日は「洞窟に行く」というよりも、
「洞窟仙人に会いに行った」と記載した方が、
当時の自分の感情的に正しい気がする。

それだけ僕の中での「洞窟仙人」というワードは
強力なものだったのだ。


もとより、吉田勝次隊長に憧れてこのJETに入隊したのに、
このチームには隊長をしのぐ「仙人」がいるなんて。

この期待値はとてもじゃないが計り知れない。
探索当日の僕は、夏休みを目前に控えた小学生男子のような気持ちで
浜松に乗り込むのであった。


【2020/02/01明朝】

僕は神奈川からマイカーで
浜松に行く予定だったのだが、
急遽マサさんから、

「もう一人関東からJETの女の子(ゆーかちゃん)も
 浜松の洞窟探索に参加したいとのことだから、
 一緒に乗せてきてもらっていい?」

と、ちょっとしたおつかいを頼まれた。

ゆーかちゃんとは初対面。
初対面の女の子を乗せて神奈川から浜松までの3時間ドライブとは...


これはあれだ。

「話題が尽きないように
 あれこれいろいろ話題を提供しなければ!」

といった万策を講じるつもりだった。


ただゆーかちゃんは予想に反し、
僕の車に乗るとすぐに爆睡した。

かなり早い段階でまぶたを閉じたまま、
目的地に着くまで二度と起きることはなかった。

どんなにスピードを出そうが、
車体がぐらぐら揺れようが、
僕がトイレ休憩に行こうが、
まったく起きる気配はない。

寝息は聞こえるので生存はかろうじで確認できたのだが、
とにかく、探検家としての貫禄はもう横綱クラスであった。


【2020/02/01 9:00】

静岡県浜松市にある根堅遺跡の駐車場に全員が集合。

僕らだけ30分遅刻。

ゆーかちゃんは目的地についても
一向に起きる気配はなく、たたみんさんに

「おみゃあいつまで寝とるんじゃ」とたたき起こされ、
そこで本日初めて太陽を目の当たりにした。


======以下人物紹介(探索とは関係ないので興味ない方はスルーしてね)======

集合場所で初めて洞窟仙人の稲垣さんと会う。
話を聞くと初めて洞窟に入ったのは中学2年生、
洞窟歴は圧巻40年の匠。

風貌はというと、
これほどまでに「仙人」という言葉がピッタリな方に、
僕は今まで会ったことがない。

それほど、「仙人」という言葉が似あう方であった。

なんでも、以前は水中でう○こをして、
それが拡散しないように上手に水中で回収するというトレーニングを
ぼにゃさんという方と一緒に行っていたらしい。

世の中はまだまだ知らないことだらけだと痛感させられた。


そして、その横にいたのがたたみんさん。
たたみんさんともこの日初対面であったのではじめまして。


たたみんさんのJET歴も折り紙付きで、
数々の修羅場を潜り抜けっているのが即座に分かった。

そして、話を聞いているうちに
外見はとてもおだやかそうに見えて、
かなり武闘派であることも分かった。
   ・・・

とにかく、頭からお尻まで話す会話すべてが面白い方であった。


そして、今回の探索の企画者であるマサさん。

すごく常識人。

話もとても分かりやすく、
個々の個性が強すぎると予想されるJETには
必要不可欠な人材であるに違いないことであろう。

いかに洞窟に理解のない奥さんを説得しながら
活動するにはどうすればいいかについての秘訣を
いろいろと教えてくれた。

いろいろと苦労されているようだ。


そして、これまたはじめましての中西さん。

僕と年齢も近く、
ほぼ同じタイミングで入隊したので
勝手に同期だと思っている。

すごくひょんなことから
JETに入隊したエピソードを持っていて、
吉田さん家と家がかなり近いらしい。

おニューのケイビングスーツが羨ましかった。


そして先ほどまったく起きなかったゆーかちゃん。

某大学の探検部の女の子。
一度寝たら何が起ころうとも起きない。


前日、猛吹雪の雪山にいたらしく、
帰宅した直後、家にも帰らずその足で僕の車に乗り込んだから、
という理由で眠たかったらしい。

「若い」ってすばらしいなって思った。

JETに入隊するために、
いきなり吉田隊長にDMを送って今に至るらしい。


======以上人物紹介======


さて、このメンバーで最初に向かったのが

小堀谷鍾乳洞





歩道もしっかり整備されているため
着替えるまでもないと踏んだたたみんさんは
私服に長靴という田植えスタイルで洞窟に入っていった。

 中はこんな感じ
 ↓  ↓  ↓




ここで洞窟仙人の稲垣さんが

・洞窟の起こり、成り立ち
・洞窟を形成する成分
・洞窟の生物たち
・なぜ中の温度は一定なのか

などなど、
丁寧に教えてくれた。

マサさんはこれを
「稲垣塾」と呼んでいたが、
確かにそうだ。

とてもタメになる洞窟の話を
一切の金にもならないのに
こうして僕たちに教えてくれるのだ。

JETすげえ!本当すげえ!
活動だけでなく、知識も伴っている。
このチームは、大いに成長できるぞ!
いろいろ吸収しよう!

僕はそう、確信した。

ところどころでたたみんさんが
誰が聞いても分かる嘘を交えての
「稲垣塾」は、最高のまま終了。

と同時に、

「稲垣さん、すごいな...
 この人はいったい何者なんだ
 (知識が凄すぎて)」

という疑問も肥大化していった。


稲垣塾の様子を捉えた貴重な写真
 ↓  ↓  ↓  ↓



その次に向かったのが、
名前を忘れてしまったが、
とても面白い洞窟でした。

この洞窟で、すごく狭い道があったので、
頑張って通過した時の動画です。
↓  ↓  ↓


閉所恐怖症を患っている僕にとって、
こういう細い通路はPTSDを発症しかねません。

ただ、ゆーかちゃんと中西さんはスルスルと簡単に進んでいました。

どうやらこのような細道は、
体つきも大きく影響するようです。

稲垣さん曰く、

「ここの通路は、
 技術よりも精神の強さの方が大事」とのこと。

また、

「最上級に狭い道を10とすると、
 今回の通路の狭さは6~7くらい」

とも言っていた。

この言葉には内心ホッとしたものである。

「こんな道、1だよ1。
 狭いと思うこと自体間違ってる」

こんな風に言われたら、
引退の2文字が脳裏をよぎったことであろう。

そうか、この通路は狭かったんだ!
やっぱりそうなんだ。仙人が言うんだから間違いない!
ということで、とにもかくにも僕は大きく安心したのだった。

ちょろいものである。


ただ、ドラクエなどで
洞窟で闘う描写などがあるが、ありゃ無理だよね。
こんな細道では闘えるわけがない。

体がつまっているところを
スライムにボコされておしまいだ。

あれはあくまでファンタジー。
勇者も一度是非、体を詰まらせてほしい。


無事(?)狭い道の新人研修を終えた僕たちは、
稲垣さんお墨付きの浜松餃子のお店でお昼を食べた。


昼食は2組に分かれ、
僕のテーブルには

・たたみんさん
・稲垣さん

が座った。

今日会ったばかりの僕でもわかる。
この2人のキャラは濃い。とにかく濃い。

食の細い人だったら間違いなく吐いてるだろう。
そのくらい濃い。

そんな二人と食べたラーメンと浜松餃子は、
すごくおいしかったし、話してくれる内容がすべて面白くて、
いい意味で話しているのがしんどかったほどだ。

JETが起こしてきた珍ハプニングや
洞窟での危なっかしい話、
たたみんさんの隠しきれない武闘派色の濃い話など
とにかく最高だった。

そんな感じでおなか一杯になったところで、
新たな洞窟へ足を運びます。


名前は伏せます。



すごく特徴的な岩のキッチン戸棚がありました。

ここでも稲垣さんのセミナーが開催され、
洞窟や地底湖のあれやこれやを学びます。


稲垣さんはここを
潜水で先に進んだことがあるとのこと。

仙人の話す洞窟の豆知識は
合コンではウケないかもしれないが、
探検家のソウルを持った僕たちには
とても響いた。


片耳にイヤホンを指して説明を聞く
観光鍾乳洞のリアルボイスVerを想像してみてほしい。
稲垣塾とは、なんとも贅沢なものである。


ただ、たたみんさんかマサさんか
どっちが言ったのか忘れたが、

稲垣さんが新しくJETに入った方に
いろいろ洞窟について説明したいから
少しだけ時間をちょうだいと言って、

そのまま4時間も洞窟から出てこなかったらしく
吉田さんが「なげえ」とブチ切れた逸話があるとのこと。

4時間...凄すぎる。
さぞ濃密なセミナーであったに違いない。


この洞窟を最後にたたみんさんは
「カーリング(?)があるから」と言って
帰っていきました。


たたみんさんが帰った後、
僕たちが最後に向かった洞窟が、
根堅鍾乳洞。

入り口がこれです。
↓  ↓  ↓


立っているのがマサさん。
お尻がボロボロなのは男の勲章のようだ。


実はこの洞窟でちょっとした事件が起きました。

僕はこの洞窟に

・GoPro
・8,000lmの懐中電灯
・ハウジングで包んだカメラ

の豪華3点セットを持ち込んだのだが、
とにかくこれが邪魔で仕方がなかった。

基本的に洞窟内では
いかに身軽になるか。

これがかなり重要らしく、
この3つのバリューセットは
今回の洞窟活動の大きな弊害になった。

本当に邪魔で、何度も粉々に砕いてやりたくなったが、
そこをぐっとこらえて頑張って持ち運んだ。

というオチのない事件でした。


最後はみんなで記念撮影を撮っておわり。

なぜたたみんさんがいるうちに
集合写真を撮らなかったのかは疑問であるが、

僕たちの心にはしっかりとたたみんさんの存在が
深く刻まれているので、ノープロブレム。


根堅鍾乳洞から出終わった後、

稲垣さんに
「僕が持っていた3種の神器が
 いかに邪魔だったか」を
話していると、

こう答えが帰ってきた。


「君はまだ地上の動きをしているね」

ということらしい。

つまり、持ち物が邪魔だうんぬんかんぬんなんて
言い訳でしかなく、今はもっとがむしゃらに経験を詰め

ということを言われたんだと解釈した。

こうして無事、誰も息絶えることなく
浜松の豪華洞窟4点盛りは大盛況の元
終わりを迎えることとなった。


帰り道も行きと同じく
ゆーかちゃんは早々に目を閉じ、

そこから関東に帰るまで
二度と目覚めることはありませんでした。

おしまい。

2020年2月8日土曜日

【ファン】多和田の風穴(2020/2/5)

活動内容:多和田の風穴
場所:滋賀県
日程:2月5日(水)参加者:まさ、かつお他立命館大学探検部
使用車両:まさカー・かつおカー
会計:なし
グルメ:特になし
電波: 洞口までは電波アリ(docomo)
注意点: 竪穴なためSRT技術必要



 多和田の風穴は関西の探検部の学生などがよく訓練に使う洞窟である。

 こういう訓練に手頃な竪穴は各地方にあり、例えば関東だと大久保の竪穴、秋吉台だと恵藤穴か無名穴の1ピッチあたりが同じような位置付けか。


 さて、多和田の風穴、途中の2ピッチまではSRTというロープを使って降りることができ俺も何回か行っている。

 しかし、その先は登攀が必要。
 実は洞窟探検家はロープで降りるのは得意だが、登るのはまた少しだけ異なった装備と技術と気合いがいるのでハードルがある。

 そのため、近年はその先に行く人はいない状態だった。


 そこで今回、立命館大学探検部員と最奥に向かった。

 第1 ピッチ、第2ピッチは立命探検部のかつお君のリギング。



 続く登攀箇所には、昔に立命探検部がコードテクニックでロープと入れ替えて登っていたという細引きが残されているが、上のアンカーの現在の状態がわからないので使うのは怖い。

 また、これとは別の方角から残置のダイナミックロープが垂れ下がっているが、この使い方も不明。


 今回は既設のアンカーの使えるものは使って、ダメなものは打ち替えて登攀した。
 借りて使ったPETZLアジェストという装備の便利さに驚愕。登攀は筋力が必要だと思ってたが、この装備はかなり軽減してくれる。

 登ってからは洞窟は少しロープで降りて、そこからもロープ無しで降りてわりと続いていた。
 かなり楽しい活動だった。


 ちなみに残置のダイナミックロープ、結局何に使ってたのかわからなかった。
 俺の知らない技術あるのかもしれない。洞窟探検技術はまだまだ奥が深い。と思いながら帰った。

 後日、細引きを設置したマスター級の洞窟探検家に聞いたが、あれは昔からあって彼も謎だと言う。


 何なんだろう…。

2020年1月21日火曜日

【ファン】風戸の穴&湯川第5洞窟ファンケイビング(2019/10/20)

活動内容:風戸の穴&湯川第5洞窟ファンケイビング 場所:岡山県
日程:10月20日(日) 参加者:おかさん・まみさん・くぼ・りょうくん・ようこさん 使用車両:おかカー・まみカー 会計:なし グルメ:まみさんが農家の方から貰った梨 電波: 満奇洞までは電波アリ(au)、その後は未確認 注意点: 新見市に許可をとる必要がある 満奇洞で集合し、準備を整えた。初めて出会うメンバーもいたため、軽く自己紹介。 その後風戸の穴へとアプローチ。 道中にあった小さめの洞窟に入りたくなってしまい、入洞。思っていたよりは深かったが、5分ほどで出洞。この際初めて岡山のカマドウマと対面することになる。今まで出会ってきたヤツらとは違い大きくてドキドキした。 出洞後、洞口を見つけるのに手間取り、JETのお姉さん方に山狩りをお任せする。 残された3人は山狩りのしかたが分からず、立ち尽くしていた。 結局おかさんが洞口を発見し、風戸の穴入洞開始!

重たい泥の道を歩くが、中はそれほど狭くない。屈まなくても歩ける程度の道が続き、周りの洞壁を見渡す余裕があった。風穴は携帯していた地図よりも支洞が多く、同じ場所を グルングルンしていた。その後奥へ繋がる道を発見した。

奥に行くにつれて段々白い岩が増えてきて、息を飲む。その時にはたまたま先頭を歩かせて貰っていたので、セーブポイントの岩ごっこをして後ろを待っていた。気分はラスボスの前である。



気持ちを整えて道を進めると、目の前に突然現れた巨大な支柱と広い空間。みんなすご〜いの声が止まらない。めっちゃ綺麗だった。涼くんが頑張って運んだカメラでたくさん写真をとった。
















さらに奥に進むと同じような空間がまた現れた。こんな広くて綺麗な部屋が2個も!全員テンションアゲアゲである。そして、今回の最奥で待っていたのはセーブポイントパート2。
ラスボスを倒した後に見えたこの白い岩はとても輝いて見えたし、実際本当に綺麗な「白」だった。近くには折れたまま残っていたストローもあったりとワクワク要素が詰まっていた洞窟だった。しかし、この下にはまだ部屋があるらしいということを知らされた。技術不足で今回は行けなかったが、まだまだラスボスではなかったらしい。今度いく時はもっと強くなってから最奥を見てみたいなと思っている。


湯川第3洞 風戸の穴から、出たあと腹ごしらえをして、湯川第3洞へ向かう。ブログで下見した感じでは物凄くドSな洞窟らしいので、少し緊張していた。アプローチは川から行いthe探検だった。しばらく川を歩くと洞口を発見した。洞口からは水が流れ出ており、これから出会う水穴の恐ろしさを予見していたのかもしれないが、この時は綺麗だなと思っていたくらいだった。 入洞後すぐに、体の半分が水に浸かる。この日は幸い晴天だったのと、洞内の水なこともあり震えるほど寒いわけではないが若干の不快感である。気にせずガンガン進むと、落ちたら水ポチャゾーンへ到達。下を通っても全然大丈夫なのだが、人間の心理的に水には浸かりたくない。幸い岩が滑らない仕様になっているため、サスケと思いながら通過。
しばらく進むと恐れていた、「水潜り」のお時間がやってきた。私は水潜り自体は初めてて非常にビクビクしていたのでゴーグルを持参していた。ケイビングをやっている人でゴーグルを使用しながら水潜りをするのは世界中で私くらいだと思うがやっぱりコンタクトが取れるのが怖いのである。ヘルメットを取り仰向けになりながら全員無事クリア。その後もガンガン歩みを進めた。
















次に待っていたのは第2の関門、めっちゃ小さな穴である。私は綿のツナギを着ており、基本広いところでもめちゃめちゃ引っかかる。それに加えて狭すぎる穴なので、押したり引いたりしなくてはならない。最初の方は抵抗していたが、途中で力尽き岡さんに後ろから押してもらう。やっとの思いで抜けたと思ったら中間地点で態勢を変えてもう1つ穴を通り抜けなくてはいけなかった。絶望しながらまた、体を動かし続けていた。
後から聞いた話であるが、涼くんはここで死を覚悟したらしい。私もこの洞窟に1人で入っていたら多分死んでいた。そんな死にものぐるいの思いで歩みを進め、待っていたのは「大きな滝」だった。今までの苦労があったからであろうか。なんとも言えない神秘さを感じた。その時は、小さい頃に見ていた流星群と同じで、口をあけて呆然とすることしかできなかった。その後、全員で滝の中腹へと向かった。途中、シャワークライミングの様に大量の水が降ってくる場所があり、早く帰りたくなった(笑)
滝の中腹からみた滝はシャワーを浴びている時に見える景色と同じでゴーグルをつけたくなった。シャワークライミングを終えて、また同じ道を帰還する。洞窟は同じ道が同じ道に見えない分山などより気が楽だが、小さすぎる穴と水潜りは寒かったので基本帰りたかった。無事に出洞し、川を遡行して、今回の旅は終了である。










2020年1月17日金曜日

【探検】年末合宿 熊石洞窟 探検(2019.12.28 - 30)

活動内容:探検
入洞洞窟:熊石洞窟
場所:岐阜県郡上市
日程:2019/12/28-30
参加者:鎌田、おかざ、近野、あがた、吉田、まさ、荒木
協力:洞口地主様、郡上警察様、郡上中消防署様
使用車両:鎌田カー、おかざカー、あがたカー、ちかのカー、まさカー
会計:なし(相殺)
宿泊:洞窟内
グルメ:鍋、ビール缶入り、茶豆腐入り、レストラン大滝苑
記録:おかざ、近野

綿密なタイムスケジュール(計画書は別途作成していますよ)

<近野・記>
ここ3~4年くらい?JETの年末は熊石洞窟です。
活動内容は、ゴミ掃除、洞内撮影などを経て、前回からは、図面に出ていない場所の登攀など探検を目的としています。

なお、伝統的に、熊石洞窟の入洞手続きのときは、入洞前の挨拶で、郡上中消防署に伺うことになっていましたが、今回の合宿の計画書を送った後で、わざわざ伺う必要はなく、電話連絡のみで良いとお知らせを受けました。

JETは去年あたりから、訪問を省略して、電話連絡のみとしていましたが、今回正式に要望があったので、今後は他の団体も同様にしたほうがいいだろうと、ジャーナルに掲載する方向になりました。

<おかざ・記>
1/28㈮朝、待ち合わせのコンビニで、吉本さん&荒木さんと合流し、熊石集落へ向かう。地主さんへの挨拶を済ませ、消防、警察、レスキュー担当のたたみんに連絡をして、林道内で準備。

第一ピッチは吉本さんがリギングしてくれるとのことで、久しぶりに会う荒木さんから、インドネシアのクライミングジムの話なんかを聞く。インドネシアでは、ボルダリングよりトップロープの方が人気らしい。ちなみに、荒木さんは30日にまた仕事でインドネシアに戻るとのこと。

いつもなら洞口からもわもわっと上がってくる湯気が温泉みたいに暖かく感じられるのだが、暖冬のため温度差も小さく、湯気の勢いもいつもより弱い気がする。

自分たちの荷物、プラス内部の探検で使う装備や食料で、合計9個のザックを3人で運び入れ、第二ピッチからボトムのホールへリギングしながら降りる。途中、午前中の仕事を終えて、後から降りてきたアガタさんも合流。全員でいつものテンバへ荷物を降ろし、一息ついてから奥へ向かう。

荒木さんは、明日来るまささんと最奥部分を探検したいので、そこまでのルートを確保するためにロープを張り、探検用の荷物を置きにいくという。
アガタさんは、月光の滝の手前にあるトレンチがどこに続くのか気になるので、トレンチの底の水流へロープで降りるという。

21時くらいにテンバへ引き返すね~と確認して、荒木さん、吉本さんと別れ、私はアガタさんについて、トレンチの下へ降りた。

意外と深かったが、底はすぐに狭くなって終わった。高い天井に開いている窓がどこと接続しているのかも確認した。

次に、アガタさんが登攀したい箇所があるというので、ついて行く。
ペツルのパルスを使ってアガタさんがチャチャっと登攀し、その上の狭い狭いトレンチを抜けると、見覚えのあるところに。。。月光の滝の下だった!。。。うん、あの狭いトレンチ、そういえば前も通った気が。。。

そう、前回私が滝の下から、吉本さんは奥のホールの下からアプローチして、接続を確認した箇所だった。前回は上から来たので見た目が違ったのと、初めて来る場所だという先入観があって、登攀箇所ではちっとも気が付かなかったのだった。。。

なあんだと言いながら、もう21時に近かったので、テンバに戻り、着替えて鍋の用意をし始めた。

すぐに二人も戻ってくるだろうと、ビールを開け、鍋も食べ始めた。
ところがあとの二人が1時間経っても2時間経っても戻ってこない。

24時になっても戻ってこなかったら様子を見に行こうということになり、心配半分と、泥だらけのケイビングスーツをもう一度着なければならない憂鬱とで、箸が進まなかった。

結局、また装備を着け、晩飯で重くなった体を引きずって、月光の滝まで戻ったところ、めでたくロープを上がってくる二人を確認し、ぶーぶー言うアガタさんと、またテンバに引き返した。

さらに1時間ほどして戻ってきた二人に事情を聞くと、荒木さんが前回見つけた新ルートの箇所が発見できず、落盤帯で同じところをぐるぐるしていたらしい。。。まあ、何事もなかったので、少し遅くなったけれど安心して寝ることができた。

<近野・記>
私は、12/29(土)からの参加。今シーズンはひどい暖冬で、まったく雪がない。

朝 8時 地主さんから駐車してもいいと言われた場所で、まさやんと待ち合わせ。
まさやん、2分遅れ、吉田さんに責められる。しかし、今までの人生で、まさやんは吉田さんに合計で10時間以上待たされている、と反論し、あわや小競り合いとなるところだった。

9時 入洞 先行組がリギングしてくれたし、荷物は少ないし、まさやんはどんどん降りていく。
吉田さんは、「写真撮って」と言って、撮影ポイントで待っていた。
「はいはい」と言って写真を撮る。

なぜそのサングラスを持って来たのか?



11時 ベースキャンプ到着 先行チームと合流。
荒木くん、まさやんは月光の滝の奥の新ルートをディギングに行く。

他のメンバーは、去年、途中まで探検した、ホールの上層に行く。
夕方5時ごろまでクラック沿いに進み、たどり着いたのは、既存ルートの上部だった。

ホールからの登攀ポイント。アンカーが効きにくくて怖い。

上層のクラックルートを進む

結局、既存ルートに降りるという結果

なぁんだ、と言って、おかざ、吉田、あがたは、既存ルートでベースキャンプへ帰る。
吉本・近野は、ロープとアンカーを回収しながら、同じルートを帰る。

今回、新たに導入したパルスを使った。初めて実際にパルスを触ったけど、簡単に回収できてしまう。本当にいいのか、これ。

ATCでダブルロープで下降しつつ、ピッチごとに回収。吉本さんと、あーだこーだ言いながら、のんびりと帰っていくと3時間もかかってしまった。

20時 登攀ポイントでおかざが待機していて、待ちくたびれていた。

ベースキャンプに帰って、寝ている吉田さんを起こして宴会。

みんなが具材を持ち寄って大量の鍋。コアなJETメンバーが集まるのは珍しいよ。

就寝は深夜だったか。
翌日は、昼12時に完全出洞なので、起きたらすぐに出洞だ。

12/30 8時 起床
鍋の残りを食べて、片付け。

吉本、吉田、近野は出洞開始するが、道中、全員が次々に便意をもよおし、行程は遅々として進まず。
おかざとあがたさんは、どこか登攀すると言って寄り道していたが、すぐに追いつかれた。

<おかざ・記>
朝ご飯の後で、のろのろと帰る準備をしていたら、吉田さんはあっという間にテンバから消えていた。
気が付くと近野さんも吉本さんももうホールに向かっていて、途中の登攀箇所の確認をやるというアガタさんだけが残っていたので、その後をまたついていった。

途中、一番はじめにロープを登りに行ったはずの吉田さんが、まだテンバのすぐ横にいて、どうやら道に迷っていたらしい。

登攀箇所は10mくらいで、今回もチャチャっとフリーで上ったアガタさんに、アンカーを打ってもらい、ロープを使って上にあがった。
測図には載っていないが、上方に向かって、割と天井の高いホールが斜めに続いている。上の方はコウモリの糞がたくさんある。

途中で、白い紙が貼ってある古いぼろぼろの木の板が落ちていた。紙の上をよくよく見ると、かすかに「熊石洞」「面図」の文字と、なんとなく熊石の断面図らしき形がうっすらと見える。ジップロックみたいなもののなかった数十年前の人は、画板みたいなものに測図を貼って持ってきたのだろうか。

カラフルなコウガイビル

初期の探検隊が置いたと思われる図面?

降りる時に、上でアンカーを観察していたアガタさんが、あ~けっこう動くな、やばいな~とつぶやいているのを聞いて、今更~と思いながら、ロープを繰るスピードが思わず速まった。
デフォでパルスについているハンガーをはずして、軽量化のためにつけているASアンカーが、パルスと相性があまりよくないらしい。 


<近野・記>
11時ごろ 近野出洞
12時 まだおかざ、あがたがロープ回収していたが、心配かけるといけないので、各所に途中報告。完全出洞後、再度連絡した。



外は雨。
このあと、装備を洗いに行くが、いつも行く安久田川のポイントは、工事で通行止めになっていた。第二候補のポイントに行って洗う。

帰りは、最近行きつけとなってきたレストラン大滝苑で夕食。

吉本、近野、吉田はそのまま一宮へ向かい、装備の片づけ。
あがた・おかざは、温泉に寄ったらしい。


ややこしくて、私はまったく把握していない図面