2022年11月14日月曜日
【探検・測量】新潟県阿賀町の小さな水穴
2022年10月19日水曜日
【洞窟探査】まだまだ続くよ、宮崎県椎葉村探査②
(①からつづく)2022年9月も椎葉村へ。
1日目は2キロを超えるという宮崎県随一の「仲塔洞」へファンケイビングに。前週に直撃した台風の影響で川が増水していたが、水路パイプの横に橋があって難なく向こう岸へ渡ることができた。仲塔の入り口(3つあるうちの1つ)はすぐに見つかる。内部は迷路状で、先に続く道がなかなか見つからずうろうろ。ダストシュートのような狭い穴を下方向へ降りると、測図にも書いてあった人工のトンネルに合流した。その出口がもう一つの洞口であるとされていたが、鉄柵の向こうは完全に土砂で埋まっていた。洞内は複雑で、フリーでは降りられない段差の周りをまたぐるぐるして、時間切れとなった。3つ目の狭い洞口を、吉田さんが掘って広げてくれて、帰りはそこから出ることができた。
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| なぞのポージングの近野さん |
翌日は、おなじみの時雨岳-前の谷方面へ移動。車で洞口近くまで行くために、時雨岳麓から狼谷104林道を車で通る許可を得ていたのだけれど、台風で道が荒れており、無理やり登ろうとしたらレンタカーのタイヤがパンクして敗退😅歩いて「棚ぼた洞(仮)」へ行き、3班に分かれて測量を完了した(測量図↓)。「棚ぼた洞(仮)」は狼谷林道にちなんで、「大神洞」と立派に命名された。もっとも狼谷がどこなのかは知らない。山奥の地名は、地図に書いてあることもあるが、現地の人しか知らない情報だったりすることが多い。
最終日は、5月に縣さんにより発見された洞口の内、SGR5とSGR6をディギング&探検。SGR5の洞口は狭いが、抜けると立派な縦のホールがあり、その先もまだ終わらないことが確認された。SGR5は洞口をうろついていたツノクロツヤムシにちなんで、かっこよく「ツノクロ洞」と名付けられた。SGR6もなかなか深いらしいという。次回のお楽しみ😊
2022年10月18日火曜日
【新洞探査】まだまだ続くよ、宮崎県椎葉村探査①
ブログをサボっている間に宮崎県椎葉村に2回も行っていた。2022年のGW・5/1-5と9/23-25。
GWは、熊本県の葉木の竪穴にも行った。ワンピッチ80mで、洞口が広く、下の方まで光が差して高さがよくわかるので、高所恐怖症の私はロープにぶらさがったらもう下が見られない😱下降点から10mほど上に、横方向に行ける部分があって、縣さんによれば、先はまだ続いているらしい。今後の課題である。
参加人数が多かったので、全員が上がった頃には暗くなっていた。洞窟までのアプローチが長く、新入隊員オザキさんが脚を痛めて離脱してしまった。いきなり過酷な活動で申し訳ない😭
続いて5/2-3は、白鳥山の西側に樅木方面から入り探査。ドリーネはいっぱいあるけど穴はない、空振りばかりに終わる😔夕方、ゆうか行方不明事件が起こり、みんなを心配させたが、無事に帰ってきて、小川の流れる谷間でキャンプした。翌日は車へ引き返す班と、岩宇土山へ通り抜ける班に分かれ、行ったことがなかったので岩宇土山方面を選んだ。荒れ気味の林道(時々崩壊)を、岩を見つつひたすら歩く。岩宇土山はバキバキに割れた石灰岩の山で、登山道もところどころ足場が悪い。登山道の下り途中に、意外と立派な久連子鍾乳洞があった。
5/4-5は本命の椎葉村の時雨岳方面へ移動し、本物の「前の谷第2洞」の探検と、2021年11月に「前の谷第2洞」だと思ってうっかり見つけた「棚ぼた洞(仮)」の測量(途中まで)を行った。最終日はさらに新たな洞窟の発見を目指して周辺探査をしたが、これまた何も(既存洞すら)見つからなかった。ケイブハンター縣さんだけが、たくさん洞口を見つけてきた様子👏
解散後、九州残留組は熊本の球泉洞に立ち寄り、探検コースを案内してもらった。さんざん探検して、まだ探検したい人たちであった。夜はホテルの向かいのローカル居酒屋で熊本名物馬刺しに舌鼓をうった。(②につづく)
おかざ
2021年11月27日土曜日
【新洞探査】ワクワク熊本県白鳥山~宮崎県椎葉村2021/11/20-23(後半)
11/22-23 宮崎県・椎葉村(前の谷、仲塔、水無)エリア
3日目からは椎葉エリアへ。椎葉村は、1990年代の洞窟調査記録もあり、総延長2000mを超える仲塔洞で有名だ。一方で、日本の三大秘境の一つと云われるだけあり、大変アクセスが悪いので、以後あまり調査されていないと思われる。
新しいエリアで新洞を探す時は、まず調査済みの穴がどんなところにあって、どんな形状かを把握するところから。という訳で、1日目に位置確認しておいた「前の谷第1洞」に入洞し、続いて「前の谷第2洞」に行く計画とした。
朝から予報通りの雨で、3名ともテンションが上がらないままノロノロと装備を準備して、縣さんのリギングで第1洞に入洞した。順番を待っている間にも、風と雨が強くなってきた。洞内は報告書の測図通りで、ロープで25mほど降りると、狭い泥の斜洞になっており、奥はクラックに沿ってできた1空間で終わっている。
第1洞から出てきた時には3人とも「寒い」しか言えず、戦意喪失。雨は午後も降り続く予定で、これから山を上がって第2洞を探しにいける気がしなかった。
それで、計画を変更して、昼飯ついでに、車で椎葉村の下見に行くことにした。前の谷は椎葉村のなかでも最西端であり、村の中心部までは車で約1時間かかる。中心部には、役所、学校、スーパー、博物館などが集中している。目当ての蕎麦屋は14時で閉店していて、スーパーの隣にある、パン屋・コンビニ・酒屋・ライブラリーカフェが一つになった店「中園本店」でランチをし、スーパーで夜ご飯の買い出しをした。吉田さんがはりきって、鍋にしようというので、小さなスーパーの端っこに売られていた蓋付きの鍋と鍋具材を買い込んだ。
そこから、次回以降の合宿候補地として、仲塔エリアに向かい、廃校を宿泊施設にリノベした「渓谷の館」や仲塔洞のある十根川流域、さらには前の谷に戻る途中で、水無橋~水無エリアを下見した。仲塔洞はもちろん、水無橋の周辺には耳川に沿ってたくさん既存洞が報告されており、中にはそれなりの長さのものもあるので、椎葉で合宿する時には遊べそうだったし、まだ調査されていない石灰エリアも多そうだった。
段々と日が傾いてきて、前の谷に戻った時には薄暗くなっていたが、雨はほとんど上がっていた。寒くなる前に、さっそく鍋の準備に入る。吉田さんが手で野菜を千切って放り込む。肉、野菜の他、卵を殻のまま入れて同時にゆで卵も作るという大雑把なキムチ鍋を食べ、のんびり酒宴に興じて就寝。ガソリン節約のため(スタンドは1時間以内にない)エンジンを切って寝たのだが、この晩は雪もちらつき、かなり冷え込んでいた。
最終日は第2洞に入ることにした。場所は第1洞から150m登ったところ。しかし、笹薮が繁っているので直登できず、横にあった作業道を辿って登ることにした。途中、頑丈に張られた鹿避けネットなどもあり、大きく迂回しながら斜面を上がっていく。朝日が昇ってきて、昨日雨に濡れたケイビングスーツも少しは乾きそうだ。
目的地近くまで来ると、石灰の露岩がちらほらと現れ、記述通り杉林と雑木林の境界に、陥没穴が開いているのを、縣さんがいち早く見つけた。
報告書によれば、第2洞は斜めに降りていく穴で、3つの大きなホールがあるとのこと。入り口部分は16mの竪穴になっているようだ。降りてみると、最初のホールは思っていたよりも広かった。
ホールの下奥からヘッドライトの灯りが漏れていて、覗くと狭い隙間を縣さんが掘って開いていた。さらに奥へ進むと通路はかなり狭く、次のホールに続くルートは砂利で埋まってしまったのだろうかと思われた。測図によれば、洞窟はこのまま斜め下に向かっていくはず。私がそこを掘り進むことにして、その間、縣さんはホールの横に開いている支洞を見に行くことになった。
通路の地面は砂利と泥だったので、手でたやすく掘ることができ、私がギリギリ通れる隙間になった。先には次の大きなホールがあると思ったが、天井のあまり高くない、上と下に向かう小ホールに出た。まだ下に行くかなと思ったけれども、下は見た感じ埋まっているようだ。どうしたものだろうと思いつつ、戻ってみると、吉田さんもホールに降りてきており、3人でもう一度測図を広げて見直すことにした。
ホールの様子と測図を何度見比べても、支洞はあるけれど、段差がなかったりと、どうもおかしい。何かのきっかけで穴が埋まったり崩れたりすることはあっても、ここまで大きく形が変わることはないだろう。そういえば、私の見に行った奥の空間には人が入った形跡がなかった。穴の場所も予想と少しずれていた気がする。どうやら、これは第2洞ではなく、まったくの新洞らしいと3人でざわめいた。こんなに分かりやすいところにあって人跡未到?と思うけれど、それは水上越の穴でもそうだった。
3人でホール横の支洞を調べた後、帰りの時間も迫ってきたので外に出ると、晴れていた空は曇り、また雪が降り始めていたけれども、探検の満足感と高揚で、寒さも紛れる気がした。
途中、第2洞、第3洞を探し、笹とイバラの薮をかき分けながら下山した。第2、3洞は隣の杉林の薮の中にあった。周辺には他にも穴があり、先程の新洞を第4、薮の中の穴を第5として位置情報をスマホアプリに記録した。
このエリアにもまだまだ新洞がありそうで、椎葉には再び絶対来たいと思った。
帰り道、二本杉峠の茶屋「東山本店」に立ち寄った。この辺りには他に店がなく、去年の夏の熊本合宿でもお世話になったお店だ。チームの近野さんからは、ここで買った山椒オリーブが大好評なので買ってきて欲しいとリクエストを受けていた。お土産を買うついでに、ヤマメの天ぷらや地鶏や山菜そばでお腹を満たして、グネグネの山道を下り、熊本空港に向けて帰路についた。
おかざ
2021年11月24日水曜日
【新洞探査】ワクワク熊本県白鳥山~宮崎県椎葉村2021/11/20-23(前半)
| 今回のルート |
2020年8月16日日曜日
【新洞探査】限界ギリギリ熊本合宿その2
その2 8/11-13 天主山 新洞探査
当初、内大臣川沿いから入山予定だったが、先月の大雨で林道が通行止めになり、登山口まで行くことができないことが出発直前に判明していた。検討の結果、確実に入山できる鴨猪川から穴谷を越え、天主山山頂を目指すことになった。まだ台風の影響でシトシト降る雨の中、面白味のない非石灰の古い林道を歩くだけのスタート。荒れた林道を辿っていると、斜面に線路がある。ちゃんとレールと枕木が残っていることもあれば、斜面が崩落してレールだけが空中に浮いている箇所もある。地図上では、レールの最終地点に何かの建物があるらしかったが、行ってみると、その谷のどんつきには、流されたのか壊れたのか、建物らしきものは何もなかった。あとで地元の人に聞くと、廃線は材木を下ろすためのものだったそうだ。山奥に延々とレールが敷かれてあるのは不思議な風景だった。林業の盛んだったころは道も綺麗で、人で賑わっていたのかもしれない。
谷の奥から石灰岩のエリアに入るべく、一気に稜線へ上り、登山道を天主山の山頂に向かって歩いた。時々休憩のために止まると、アブが集まってきて刺そうと(噛もうと?)する。私は刺されても数センチのアザのような腫れができるだけだが、縣さんはめちゃめちゃ広範囲に腫れが広がる。体質なのか。
稜線に石灰の露岩が現れたころには、日が暮れかけていたので、山頂の手前の登山道付近にテンバを定め、荷物を置いて周辺の洞窟探査に移った。疲れた脚を引きずって岩盤の基部を見に行くが、穴らしきものも何も見つからず、諦めてテンバに戻った。
私は最近、家の裏でカヤつきハンモックを吊るして昼寝をしている。テント持っていくよりもお手軽だし、山中では涼しくていいかと思ってそれを持って来た。そんな思惑とは別に、先月霧穴の洞内泊で、縣さんが超軽量ハンモックを持ってきていて、これはなかなか良いと言ったのがきっかけでチーム内にブームが来た、のかどうかは知らないが、他の3人もみんなハンモックを持ってきていて、偶然にも4枚のハンモックが吊るされることになった。吉田さんは買ったばかりのハンモックがすっかり気に入ったらしく、一切ハンモックから降りずにご飯を食べ、就寝。正直、日が沈むと寝る以外にやることもないので、だいたい8時から9時には寝て、6時から7時に起きるという生活になった。
| 生活感あふれるテンバ |
しかしながら、高度1300mではハンモックは涼しいどころか寒かった。稜線を風が抜ける度に背中がスースーする。レスキューシートにくるまって、ようやくウトウトした。起きたら、ダウンジャケットに身を固めた吉田さん以外、全員口を揃えて寒くて寝られなかったと愚痴っていた。ハンモック山行ビギナーなので、失敗も致し方なし。
本日の高低差 パーキング600m 稜線1514m テンバ1475m 合計953m
前半の探査のメインエリアは、内大臣川流域から広河原なので、2日目は天主山山頂を越えて、高度差800m下の谷へ降りて行かなければならないハードコースだ。途中、縣さんが上の方の斜面で短い洞窟を見つけた以外、特にめぼしい成果もなく、沢を下って内大臣川に着くころには、私は寝不足と靴ずれで、かなり疲労が溜まっていた。縣さんも、広河原の岩盤が立派なのを見て、これはぜひ探したいと言ったものの、今回はちょっと無理そうと諦めて、川の横にテンバを作って、また背中をスースーさせながらハンモックでウトウトした。
本日の高低差 テンバ1475m 山頂1494m 谷下580m テンバ744m 合計1097m
3日目はまた天主山山頂に登り返し、登山道を降り、車に戻る計画。つまり、また800m登って800m降りるわけ。といっても、さすがに直登ではなく、1200くらいまでは、傾斜のゆるい、所々土砂で壊れた林道をうねうねと登っていく。洞窟も見つからないので、テンションは上がらない。山を降りたら焼肉を食べるぞーというモチベだけで、それぞれ重い足を進めた。山頂を過ぎ、登山道に入ってしばらくして、縣さんが遅れ気味の近野さんを待つことになった。道標がまばらでわかりにくく、道を外れる可能性がありそうだ。吉田さんと私は、延々と続く下り坂の登山道を無言で降りて行った。林道まで出た時には、さすがに二人ともほっとして、えらい登山道だったねーと笑った。
停車場に着くと、たくさんの車が停まっていた。消防の赤い車とアンテナを見て、吉田さんが、おい、誰か遭難したみたいだぞ、と言ったので、えーそれは大変と思いながら、車を開けていると、吉田さんが消防か警察の人と何か話している。なんだろうと思ったら、吉田さんが、おい、俺たちだぞ、という。レンタカーが連日停まっていたので、誰かが心配して通報したが、登山届けを出していなかったので、昨日から捜索に入ったらしい。そういえば、昨日の午後、ヘリの音が聞こえたなあと思い出した。まさか自分が探されているとは夢にも思わず。
普段よく行く岐阜や三重ではメジャーな山に登らないし、そもそも登山道を歩くことが稀だったり、石灰の様子次第で行程が変わるので、登山届を出すということをすっかり失念していた。
届けてなくて、すみません、と謝ったが、レンタカーも16日まで借りてるし、まあ縦走してるんだろうと思ってました、無事で良かったです、と案外にこやかに対応してくれた。全行程とメンバー全員の個人情報を聴取され終わった頃、ちょうど縣さんと近野さんも下山してきた。
レスキューチームの中に、消防でも警察でもない、山に詳しいおじいさんがいて、私達が車の横に干していたケイビングスーツを見て、これは穴谷の穴に潜ってるんじゃないかと思っていた、と言ったので、谷に穴あるんですか?と聞いたら、知っとるが、絶対教えん!と突っぱねられた。地元で生まれ、この辺りの山のことは庭のように知っていて、消防や山仕事の若い人たちを訓練していて、足跡見たら何人入ったかもすぐわかる、などなどの話をされていて、なかなかお喋り好きなおじいさんだった。私達には無理に聞き出すつもりは全然なかっけれど、穴については最後まで絶対教えん!を繰り返していた。
レスキュー隊が全員帰ったので、装備を洗って、下山した。後半の計画から合流予定の沢屋の大西さんと待ち合わせ、近くのレストランに焼肉を食べに行った。ご飯を食べながら、2日ぶりにLINEを開けたら、レンタカー会社を通してか、私の親にも連絡がいっていて、今朝から心配と叱りのメッセージが母と姉から入っていた。熊本に行くとも山に行くともなんとも言っていないので、突然熊本の田舎の警察から連絡が来てわけがわからなかっただろうと気の毒に思う反面で、あー面倒と思いながら、説明と謝罪に追われた。
晩は、また道の駅で寝た。外で大西さんと談笑する縣さん近野さんを横目に、吉田さんと二人、クーラーを効かせた車内でウトウトしていると、いつのまにか後ろの座席と荷物置き場が寝床に早変わり、コンパクトカーの車内にギューギュー詰めで4人が寝た。だが、後ろはさすがに狭かったのか、朝起きると、縣さんも近野さんも外で寝ていた。運転席も中途半端にしか座席が倒れないので快適な寝床ではなく、寒いハンモックと同じ程度にウトウトできただけだ。山は寒すぎ、下界は暑すぎて、ぐっすり寝るのに適さない。
本日の高低差 テンバ744m 山頂1494m パーキング600m 合計1644m
2019年10月2日水曜日
【活動・測量】第5回かんむぎプロジェクト てんご穴測量(2019/9/23)
活動内容:測量
場所:岐阜県山県市
日程:2019/9/23(月・秋分の日)
参加者:吉本、おかざ、近野
協力:洞口地主様、地元自治会長様
使用車両:吉本カー、おかざカー、近野カー
会計:なし
宿泊:なし
グルメ:なし
電波:円原の伏流水の手前で不通になる。美山支所付近で連絡しておくほうが良い。
記録:近野
果てるとも終わらない測量の日々。
2019年8月16日金曜日
【活動・横穴訓練】古戸の風穴(2019/8/4)
入洞洞窟:古戸の風穴
場所:愛知県北設楽郡東栄町
日程:2019/8/4(日)
参加者:久保、近野
協力:洞口地主様
使用車両:近野カー
会計:なし
グルメ:なし
電波:洞口前の舗装道路上は、電波1本分通じる(docomo)。場所によって通話・LINEも可。
記録:近野
プロローグ
久保さんは今年入隊した新人だ。
小柄でおとなしい大学生なのだが、見た目とはアンバランスな、洞窟探検への壮大な夢を抱いて入隊してきた。
彼女の話をかなり要約すると、早くS.R.T.技術を習得し、できるだけ早くワクワクの探検をやりたいようだ。
J.E.Tの探検活動では、ほとんどの場合、竪穴技術を要するので、S.R.T.技術を学ぶのは必須になってくる。
最近は、ケイビング未経験でありながら、このように具体的なイメージを持って入隊してくる人がチラホラいる。
メディアでケイビングがとりあげられたり、ネット上でケイビング情報が増えてきているせいだろうと思う。
私が始めたころ(ちょっと前=20年くらい前)は、ケイビング情報(特に日本国内のもの)は非常に乏しく、洞窟探検とはどんなものかなんて確固としたビジョンもなく、やりながら徐々に形になっていく感じだった。
当初は、探検かファンケイビングか、という区別も曖昧だった気がする。
私は、いつの間にか探検志向になったが、探検だけがケイビングって訳ではない。
ファンケイビングでも十分、洞窟の良さや危なさは経験できる。
時代によって、ケイビング事情は変わっても、基本的なノウハウは変わらないものだから、私の考えは正しいはず。
久保さんは、洞窟に行った経験があまりないそうなので、S.R.T.もいいけど、まずは横穴での経験も積みなさい!
と、横穴訓練を実施することになった。
古戸の読み方はフット
朝7時 刈谷駅にて久保さんピックアップ。
久保さんに会ったのは、今年の5月が初めてで、すでに3カ月が経過しており、どんな人だったかうろ覚え。
刈谷駅から古戸の風穴までは、約2時間のドライブなので、お互いがどんな人か知り合う、ちょうど良い機会だった。
車内で話した限りでは、なかなか良いお嬢さんのようだ。ちょっと天然っぽいのも愛嬌と言える。
朝9時 古戸の風穴 洞口の地主さん宅。
地主さんに入り口のカギをお借りする手はずとなっていたので、お伺いすると、地主さん宅のお嫁さんと思われる女性が応対してくれた。無事にカギを借りて洞口へ向かう。
地図で見ると、洞口はすぐ近くなのだが、道路が一方通行なのか、Googleナビの誘導により大回りして30分ほどかかって到着。
洞口には誰もいないので、駐車したあたりで適当に着替え、前の道路をウロウロして、電波の通じるところでチームのLINEに入洞連絡。
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| 入り口。「珍しい砂質石筍」と書かれているが、確かに砂質っぽい石灰だった。 |
朝10時 入洞
古戸の風穴に来るのは2回目。あまり記憶がないが、水流沿いのルートが奥へつながっていて、手前には不飽和の迷路エリアがある。どこも狭い。
二人だし、久保さんは経験が浅く、後をついてくるだけなので、早く終わるだろうと思っていた。
30分ほど迷路エリアを巡るが、なんだか面倒くさくなって、早々に水流沿いルートへ向かう。
ルートの入り口も記憶になかったけど、風の出てくる場所で入れそうな穴にトライしてみると見おぼえのある水道ルートへ。
「あー、こんな感じだった」と思いつつ、水に浸かりながら、狭い穴を匍匐前進で進む。
前回、一番記憶に残っていたのは、水流につかりながら、狭いクランクを進む場所。
今回も、同じ場所で、なぜか喜びがフツフツと湧き上がり、原因不明の高揚感で幸せな気持ちになる。
なぜだろう?
この場所には、幸せを運ぶ地縛霊でもいるのだろうか?
それとも、私がただ、寒くて狭い場所が好きな変態だから?
嬉しがりながら匍匐前進で突き進むと、トレンチ状のルートが交差する場所に出た。
ここは記憶にないので、水流と交差している一段上の小規模なトレンチに上がってみる。
結局これはあまり続いてなくて、戻り方向に曲がった後で、ループして、来た道の上から元に戻ってしまった。
久保さんも後から追いついてきたので、しばらくそのあたりをウロウロした。
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| 水流沿いのマゾいルート |
引き続き、水流を進もうとすると、ルートは完全に水没している。
こんなんだっけ?
夏だから水没しているのか?
よくわからないが、けっこう深くて向こう側のドライ空間も確認できないので、いったん引き返した。
12時 いったん出洞
奥へ行くルートが分からないので、他の洞窟へ行くか、どこか近くでS.R.T.訓練をするように計画変更しようかと考え、とりあえず浜松在住のJ.E.Tメンバー稲垣さんに電話してみる。
浜松はここから1時間くらいなので、ほかに行く場所を紹介してもらえるかも。
稲垣さんは仕事中だったが、たまたま休憩時間で、電話に出てくれた。
稲垣さんによると、
・水流沿いのルートは基本的に水没している
・手前の迷路状エリアに、奥へ続く迂回ルートがある(ちょっと広い部屋の左の壁沿いの狭い道)
・浜松の洞窟は、古戸の風穴からは距離があるので、また別の機会に行こう
とのこと。
それでは、と久保さんと私は、昼ごはんを食べて、太陽熱で温まった後、再び古戸の風穴にトライした。
どのみち、ツナギもインナーもずぶ濡れだったので、ここから別の洞窟へ行くのはあまりステキなアイデアではなかったのだ。
しかし、稲垣さんの情報【ちょっと広い部屋の左の壁沿いの狭い道】は、すごーく曖昧だ。
特に洞窟の中は、あらゆる一般名詞や形容詞が、共通のものを示さなくなる異空間。
広い?何メートル四方?
部屋?扉でもありましたか?
左?どっちから見て?
狭い?稲垣さんはわりと体格がいいよね?
道?トレンチ?クラック?ボアパッセージ?
詳細が何もわからなかったので、とにかく迷路状エリアの隙間という隙間に、手当たりしだいにチャレンジした。
久保さんと二人なので、あまり攻めすぎて出られなくなると困るが、せっかくの横穴訓練だからと思い、普通のファンケイビングなら絶対に行かないような狭いところや、どうせループしてるだろうと想像できるところも行ってみた。
そのうち、久保さんがギブアップするだろうと思ったけど、久保さんは無言でついてくる。
しかし、全部狭くて、ジワジワと濡れるルートなので、疲れる…。
午後3時 疲れたし飽きたので、「もう出る!」と久保さんを外に出す。
久保さんは名残惜しそうだ。
チームのLINEに出洞連絡をすると、縣さんが、すぐ上に古戸鍾乳洞という別の横穴(約30m)があると教えてくれたが、すでに着替えていたので、スキップ。
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| そんなに泥がない穴だが、狭いのでコッテリと汚れる |
午後4時 再び地主さんのお宅へ。
またお嫁さんらしき方が対応してくれた。
少しお話したら、都会っぽい、シュッとした方で、印象的だった。
午後4時半 すぐ近くの橋にロープを垂らして、S.R.T.訓練。
久保さんは、バイト代を貯めてS.R.T.装備一式を買ったばかり。
前回、お試しで練習してから3カ月過ぎているので、ハーネスの付け方から、上り下り、など基本的なところから再び復習だ。
季節がら、橋の下では、ものすごい数の蚊に襲われる。
さらに、ヒルもやってくる。
このヒルが、ベージュ色の巨大なやつで、牛みたいだ。めっちゃ気持ち悪い。
小さくて黒いやつには慣れたけど、これは気持ち悪くて、鳥肌が立った。
ここでも、久保さんがギブアップするかと思ったけど、無言で練習している。
しばらくしたら、
「今日、日没って何時でしたか?」
と聞いてきた。
おい!日没までやる気かよ?!
と、思いつつ、ググってみると、日没は午後7時ごろとなっていた。
その時点で午後6時だったので、” あと1時間、がんばりましょう ”ということになった。
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| 写真には写っていないが蚊に襲われている |
登り、降り、チェンジオーバー、ノット越え
までやって、リビレイ通過をやりたかったけど、橋の欄干からだとうまくリビレイが作れない。
変なセッティングをして、落ちたりするとイヤなので、諦めた。
午後7時 撤収
ロープ回収して、帰る。
久保さんを、刈谷駅へドロップする。
エピローグ
古戸の風穴の入り口付近で、5時間近く彷徨ったあげく、全身を蚊に刺されたもの同士、帰りのほうが話が弾んだ。
久保さんは東京在住なので、遠方のJ.E.Tの活動にこだわらず、機会があればどしどしチャレンジして、経験を積んだらいいよ、という話をしたつもり。
前回のカンムギに続いて、若くて意欲のあるケイバーとお近づきになり、大変勉強になりました。
しかし、古戸の風穴は遠い。
午後11時ごろ 事務所に寄ると、まっちゃんとゆかりんがいたので、奥まで行けなった話をした。
すると、水没していた場所に、もう一つルートがあって、そこはいつも通れるらしい。
水流沿いに分岐ある記憶が無かったので、他のルートを想像しなかった凡ミス。
稲垣さんの「そこはいつも水没」情報は、たぶん古い話なのだろう。
久保さんに申し訳ない気がするが、横穴訓練だから、別に奥に行く必要なかったのさ、と自己肯定。
2019年7月23日火曜日
【活動・測量/ルート接続確認】第4回かんむぎプロジェクト てんご穴測量(2019/7/14-15)
入洞洞窟:てんご穴、あがた新洞
場所:岐阜県山県市
日程:2019/7/14(日)-15(月・海の日)
参加者:あがた、おかざ、近野、やまちゃん/14のみ(立命探検部)、カツヲ/14のみ(立命探検部)、藤井くん(岡大CC)
協力:洞口地主様、地元自治会長様
使用車両:あがたカー、おかざカー、近野カー、カツヲカー、藤井カー
会計:おかざ
宿泊:てんごの穴 内
グルメ:ダシダ鍋、グリーンカレーラーメン、おじや
電波:円原の伏流水の手前で不通になる。美山支所付近で連絡しておくほうが良い。
記録:近野
プロローグ
1972年の調査書(岐阜大学教育学部研究報告 第五巻1号)に記載がある「てんご穴」。
当時、岐阜県最長(1,515m)とされていたが、その後いくつも大きな洞窟が見つかり、今となってはミドル級の洞窟である。
報告書に記載のある、迷路状のルートやジプサム、熊の骨格などは興味深く、一度は行ってみたい洞窟だった。
しかし、JETのメインフィールドである岐阜県山県市にありながら、幾度もの交渉にも関わらず、地権者からの許可を得られず、JET発足以来ずっと謎の洞窟とされてきた。
副隊長のあがたさんが、地道に周辺エリアでの人脈を構築した結果、2019年になってようやく入洞許可を得ることができた。
入洞にあたって、地元の方と、洞内の再測量をお約束したので、再測量プロジェクトを「かんむぎプロジェクト・てんご穴測量」として定期的に実施している。
今回は、「第4回かんむぎプロジェクト」。
プロジェクトリーダーのあがたさんは生まれつき極度なせっかちのため、測量が大嫌いなので、今回は洞内泊をして一気に距離を稼ぎ、早くプロジェクトを終わらせよう!という趣旨だ。
「めざせ1000m!byあがた」の掛け声のもとに集まったのは、測量好きなJETメンバーと3名の若者たち。しかし、まだ500mにも達していないのだから、私は懐疑的だった。
7/14(日)
8:00 山県市役所 美山支所 に集合
あがたさんは、地主さんのお宅にご挨拶と、洞口のカギを借りに行く。
カツヲカーは前に見たときより凹凸が増えている。
ここから洞口へは車で移動。JETの三人は近野カーに同乗し、全3台で洞口へ向かう。
支所を出てすぐに、入山連絡(JETチームLINE)。
9:15 入山
梅雨日和で、雨模様のジメジメした日。
暖かくなってきたので、蛭にとっては最高のシーズンではないか。
絶対いる、きっと来る、きっと来る。
そう言って、みんな蛭におびえながら山を歩く。
この日の作業割り振りは以下のとおり。
立命の二人(山ちゃん、カツヲ):てんご穴の洞口から50m地点に発見された「あがた新洞」の測量。
あがた:二人を「あがた新洞」へ案内し、てんご穴との接続確認のあと、てんご穴の測量(支洞班)。
おかざ:てんご穴の測量(支洞班)
藤井くん、近野:「あがた新洞」とてんごの穴の接続確認のあと、てんご穴の測量(本洞班)
9:30 入洞(てんご穴)
※ここ以降は、てんご穴での活動のみ記載。
「あがた新洞」は、てんご穴と接続していると考えられており、接続地点と予測されているのは、てんご穴内のピット。
事前のストーリーでは、9:45ごろからてんご穴のピットから、煙幕を焚き、「あがた新洞」で煙を確認する。となっていた。
しかし、この日、てんご穴のピットを登ってみると、空気の流れは 上⇒下 だった。
「あがた新洞」のほうが上方にあるので、煙が上に流れる可能性はなく、接続の確認は困難に思えた。
予定の9:45になっても、私は煙幕を焚く気が無かったが、藤井くんが「一応やりましょう」と言うので、彼の若い真面目さに負けて、ピットに登り、しぶしぶ煙幕を焚く。
煙幕はすごい勢いで煙を出して、下へ下へと煙は流れ、あっと言う間に狭いピットに真っ白な煙が充満する。
煙に巻かれて息苦しく、逃げたいが、視界が煙で遮られ、1m先しか見えず、ピットから降りるのはけっこう危なかった。私はケイビング歴が長いのと、もともとノンビリした性格なので、落ち着いて行動できたが、狭いところで煙幕を焚くのはやめたほうがいいと思った。
煙はほんの5分程度で晴れて、元通りになった。
洞窟の中はよく空気が循環していることを実感した。
後で、あがたさんに聞くと、やはり「あがた新洞」で煙は一切確認できなかったそうだ。
また、「あがた新洞」では、大きな音を出したりして、合図していたらしいが、てんご穴のピットからは何も聞こえなかった。
そもそも、煙から逃げて、すぐにピットを降り始めていたので、聞こえなかったのかも?
さて、接続確認は無事に失敗に終わったので、測量スタート。
藤井くんと二人で、前回の測量終了地点へ移動する。
前回の終了地点はP67。P67―77からスタートだ。
藤井くんは、私が知っている限りでは、日本国内でJET以外で初めてペーパーレス測量を導入した人。
ふだんからTopoDroid+DistoXで測量しているというだけあって、一緒に作業しやすかった。
しかし、ここ数週間、雨天続きなので、洞内は滴下水が多く、地面の水も多め。
そうでなくても、てんご穴はなぜかいつも寒い洞窟だ。
藤井くんは普段から頻繁にケイビングに行っていて、経験豊富なのだが、寒いのと狭いのと、水が多いのと、延々と続く測量作業にやられて、午後遅めになってくるとすっかり弱っていった。
個人的には、夜20時ごろまでこのまま黙々と測量する気だったが、文句は言わないが、だんだんとしょんぼりしていく若者が気の毒になった。
何も知らない大学生を、辛い作業に従事させる、ブラック企業の社長のようではないか。
と、思ったので、16時ごろだったか、少し早めに作業終了とした。
その日のキャンプ予定地は、30分ほど戻った支洞の分岐だったので、二人でウキウキと戻っていくと、そこには魔人アガタがいた。
アガタ「ちょうどいいところに来た!今からみんなでこっちの支洞を測量しようぜ!」
藤井くんは、最初、信じられないようだった。ようやく逃れた労働にまた捕まったのだ。
私は「あー、そー来たかー」とがっくり。
後半、魔人アガタとペアを組んでいるオカザがやって来て、
「あの~DistoXの充電が無くなっちゃったので、先にキャンプ地に戻ります~」とトンズラ宣言をして去って行った。
私「そーか、そーか、充電が無くなるってゆー手があるよなー。ふむふむー。」
藤井くん「えっ?何か言いました?」
私「いや、何も。独り言...。」
測量したいけど、サボりたい。いつもそこがせめぎ合いである。
まぁ、そのあと30分くらいで私たちも作業完了し、キャンプ地に戻るとオカザが鍋を作ってくれていましたよ。
わーい、わーい。やったぜー。
鍋のダシ:ダシダ、グリーンカレーラーメンのスープ
鍋の具:はくさい、えのき、エリンギ、ソーセージ、いか、がんも、つくね、他
〆の具:グリーンカレーラーメン
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| 洞窟では食べるのだけが楽しみだ |
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| 地面が不安定なので、常に鍋を握っていないと倒れてしまうのだ |
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| 食べた後は寝る。 finetrakのポリゴンネストはちょっと濡れていても暖かい。 ダウンの寝袋はほとんど使わなくなってしまった。(宣伝?) |
21時ごろから鍋を食べ、寝る準備をして、全員就寝は24時過ぎ。
てんご穴は寒いと思い込んでいたが、キャンプ地は乾燥していたので快適で、翌朝は寝坊するという失態。
7/15(月・祝)
9:10 起床
「わー、寝すぎ」
といいつつ、昨夜の鍋に残りのラーメンやドライライスを入れて朝食に。
のんびり食事して、片付けて、活動スタートは11:00ごろになった。
藤井くん「これって、洞内泊した意味あったんですかね...?」
いいこと言うね!若者よ!
でもね、この洞窟は、一回出ると再び入るのが嫌になるという魔法の洞窟なのだよ。
出た後、1~2か月インターバルを置かないと、トラウマが払拭されないのだよ。
だから、洞内泊する意味はあるんだよ!
前日に全員で取り掛かった支洞の測量が、まだ残っていたので、この日も続きの作業。
トレンチが網の目のようになって、落盤も絡んでいて、ホールの形状を把握するのが非常に難しい支洞だが、2チームで手分けして何とか支洞の測量はほぼ終わった。
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| 洞窟でSNSやってるのではなく、ペーパーレス測量の様子。 |
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| 今回導入した小判。分岐点など課題のあるポイントに目印として置く。 |
しかし、ループがたくさんあって、測量線が重なり合うので、やりながら混乱してきた。
いったい誰が製図するのだろうか?
こりゃ、大変だなー。
でもやりがいがあるなー。
誰がやるのかなー。
と思ったけど、怖くて聞けなかったね。
さて、藤井くんは、最近、洞窟写真にはまっているらしくて、ずーっと「写真撮りたい」と言っていたので、最後1時間くらいは、写真を撮りなよ!ってことになった。
そう決まったとたん、藤井くんはイキイキとし始めて、サクサクとポイントを取り、15:30ごろに予定の作業を終えて、あとは一人でカメラを持ってうろうろしていた。
頑張って重いカメラ機材を持ってきたので、良い写真が撮れていると良いね!
この日、18:30に地主さんに入り口のカギを返す約束になっていたので、17:00撤収の予定。
私とアガタさんオカザは、未探検の狭いルートを確認した後、適当なところで切り上げて撤収を開始した。
最後、写真を撮っていた藤井くんと私が、洞口を出たのが18:00。
下山は5分~10分なので、ぱぱっと車に荷物を積み込んで、地主さんのお宅へと挨拶に伺った。
エピローグ
入洞から別行動だった立命の二人は、私たちの車にメモを残していた。
15日は学校の授業があるとかで、14日の夕方に先に帰って行ったのだ。
貸していたペーパーレス測量の機材返却の旨と、あがた新洞の竪穴部分のロープの撤収に失敗したというメッセージだった。
次回、自分たちが来て、撤収します。と書かれていた。
ロープの撤収に失敗したというが、立命の二人は経験豊富で、安心できる。
岡大の藤井くんも去年の年末に熊石洞で会ったときよりも、ずいぶんと頼もしくなっていた。
自分たちで頑張って活動しているのもあるだろうし、普段一緒に活動する先輩がしっかりしているのだろうなぁ。
知らないところで、若いケイバーがちゃんと育っているのを見て、ほっこりしたオバハンだった。
結局は、測量の辛さと、迷路状の支洞の測量作業に阻止されて、あがたさんの目標1000mには届かなかった。
しかし、おかげさまでけっこう作業が進んで、前途が明るく見えてきたぞ。
以上。















